1972 紀勢本線多気 急行「紀伊
始めて「寝台客車」に乗ったのは、この急行「紀伊」の名古屋~多気間です。父の方針で「子供は夜行列車はだめ」だったので、父が急行「羽黒」や急行「鳥海」の寝台で山スキーに行くのをずっと横目で見ていました。やっと、自分で稼いで乗ったのが急行「紀伊」でした。信州方面から着いて深夜の名古屋で急行「紀伊」のB寝台中段にのった時には緊張していました。始めての寝台と、中途半端に朝の早い多気に降りる緊張感です。この時も、信州周遊券で乗りまくったあとに、名古屋2:51発多気5:20着くらいの、本当にヘビーな行路で、名古屋で乗ったとたんに来た車掌さんに御願いしていなければ起きれないパターンでした。だから、「寝台にねっころんだ」という実感だけでした。当時、周遊券でうろうろしていた皆さんには周知のことですが、足を伸ばして寝られる悦楽は最高でした。このDF50も、名古屋からだったのかはっきり覚えていません。常識的には、名古屋口では無煙化でDD51が入っていたので、亀山交換だったのかもしれません。多気は当時田んぼの中のただのジャンクション。寂しいものでした。こんな駅なのに、いっちょうまえに「授器」がありました。当時の私には、すごく新鮮でした。

















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