1973.3.22 仙台市電200形
前日は、風雪渦巻き、突然の晴れ間が拡がる五能線を全線乗ってきました。最後の8620牽引の混合列車に乗車するつもりが、タッチの差でDE10に替えられてしまっていました。それでも、貨物レに入っているハチロクがいたりで、失意と、欲求不満のまま急行「八甲田」で朝の仙台に降り立ちました。
東北新幹線の工事が始まっていて、駅は仮駅舎でした。がっかりです。さすがに朝が早いので駅前は閑散としていました。その中に、市電だけは後から後から来ていて、この街にはバスは走っていないのかしらと思うほどでした。札幌の市電もそうですが、仙台の市電の軌間も1067ミリでスマートで近代的な電車です。乗ってみたかったのですが、何故か本日の前半は国鉄バスの特急盛岡バスターミナル行きに乗ることに決めていました。当時の国鉄周遊券は、国鉄バスの長距離急行線にも乗れたのです。7:30に駅前を出た特急バスは国道4号線を一路北にむかいます。無論、東北道なんてものは影も形も無い頃です。
長距離のバス旅行は好きでした。ぼくが乗った事のある路線でも、松本~上高地、新島々~飛騨高山、茅野~伊那北、修善寺~下田などがあります。当時は長いバス路線がいくらでもありました。
道中、中尊寺をはじめ、いつか訪問してみたい場所がいくつもありました。で、ぼくは、花巻市の停留所で降りることにしていました。急行「くりこま2号」に乗り継いで、かつての古戦場の奥中山にいくつもりだったのです。乗車時に運転手さんが「駅までけっこうありますよ」と言ってくれたので、10分くらいは歩くのかなと勝手に思っていたのが間違いの始まりでした。降りたところは本当にあまり民家もない国道端。駅方面への道はずっと登っていく感じです。とても暑い日です。通りがかりの高校生くらいの人に尋ねると1.5キロ以上はあるように言っています。連絡時間を15分と踏んでいたので、荷物と登山靴のいでたちでこの坂道では厳しいかもしれません。ひたすら、小走りに登っていきます。心臓が口から飛び出そうになったところで正面に駅舎が見える駅前広場に出ました。ほっと一息、と思ったのもつかの間、ガランとした改札の向こうに「くりこま2号」の到着がみえます。ダッシュです。そして駅前広場の端から「乗ります!まってくれえ~!」と大声で叫びます。 改札口の駅員さんも気が付いてくれて「発車しまーす」と言って手招きします。見ると、「くりこま2号」は跨線橋を越えた2番線からの発車です。ヒエー。
「お客様一名ご案内中」と、改札の駅員さんのアナウンスが背中に聞こえます。ドカドカと階段を上がって降りると助役さんが「急いで、急いで」と容赦なくせきたてます。1分半延でガラガラの「くりこま2号」は発車しました。おニューの457系です。なんて、椅子の背もたれの具合がいいのでしょう。咳き込みながらも、汗みどろになった衣類を脱げるだけ脱いで窓を開けて汗の引くのを待ちました。
そのまま、特急バスで盛岡まで行ってもよかったのですが「くりこま」に乗りたかったのです。ぼくのせいで遅れた「くりこま2号」は、すごい飛ばし方で走ります。胸のすく思いです(勝手な奴です)。盛岡までには回復して、定時到着でした。











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