1972.3 横浜市電1500形
多くの都市の路面電車が続々と廃止になっていた頃、興味の対象は国鉄、または私鉄の新鋭電車でした。いま少しの思慮か、年齢があれば廃止直前のさまざまな鉄道、軌道や車両たちを記録できたのにと本当に悔やみます。特に、各都市ごとに特徴のある車両が居た路面電車はよく知りませんでした。結局、神戸の市電、静岡鉄道の清水市内線、名古屋市電、山陽電軌の下関市内線、西鉄北九州線、福岡市内線、大分交通別大線など記録できるハズのものも興味の対象外だったわけです。今思っても、1970年代前半には沢山の市内電車があったのです。
横浜市電も、横浜に親戚がいて何回か限られた区間に乗っていたのでかろうじて最後の姿を記録に残せました。しかし、東海道や横須賀線の車内から見えていた保土ヶ谷付近での姿や、六角橋での賑わいの姿、雄大な山元町への坂と眺望、麦田町のトンネルなど知っていたのに記録できていません。
全面廃止直前の、県庁前、日本大通りでです。こんなところにも靴磨きの人がいました。



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