1971.8.24 C56129 上桑名川
飯山線は、八ヶ岳の麓の川上付近から流れ出た千曲川と並行して日本有数の豪雪地帯を縦断しています。そういえば、初めてラッセル車を見たのもここ飯山線でした。C56に押されすごいスピードで来たのでビックリしたものです。冬になると戸狩(野沢温泉最寄)までのスキー臨時列車が上野から直通していて、借り入れたC12やC11などがその任にあたっていたようです。これらの臨時急行「戸狩スキー」、「野沢スキー」などは見ていません。
ぼく自身は、朝一番の飯山発長野行の通勤通学の222レに興味がありました。当時長野、篠ノ井駅で入れ替えをしていたハチロクが唯一定期で引いていた旅客列車だったからです。しかし、長野始発で行っても撮影予定地までに大雪で動けなくなったり、豪雨で暗すぎて撮れなかったりで、撮影は1度しかチャンスはありませんでした。でも、ころんでもただでは起きないのが、鉄道好きです。「撮れない!」の判断で駅にとって返して乗っています。遅れを持っての豊野から信越本線に入ってからの走りっぷりは、山国信州では特筆ものでした。他の線区は動輪直径1400ミリの足の短い貨物機だけでしたから。さすが、大正期の急客機の走りでした。なんともいえない、三階室の汽笛とスルスルと上がっていく速度は信州ではここだけでした。
夏の飯山線では、写真を撮っている人にお目にかかった事がありませんでした。なんともノンビリした良いところでした。写真を撮ったお隣の桑名川駅に冬、父とスキーに来た事がありました。 雪の桑名川駅に降り立ったのは冬の16時頃でした。すぐに、千曲川の岸辺に下りると「いない時はこれを叩いて知らせてください」と書かれています。木のげんのうと1斗缶がブル下がっていました。そうなのです。千曲川の渡し船に乗らないと対岸の七巻スキーと今夜の宿には行けないのです。雪の中、ガンガンと1斗缶を打ち鳴らして待つこと5分くらいで船がきました。船が流されないように、川幅一杯に張られたワイヤーに連結されています。船頭さんは皮の手袋でそのワイヤーを持ってたぐって、船を対岸に運びます。実に寒そうです。痛そうです。対岸では雪がすごく、初めて二階から入る経験をしました。




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