無料ブログはココログ

☆最高のリンク集☆

  • My Dear Life
    高校の時のおともだち。情報を頂いています。写真のセンスはなかなか。綺麗な写真が沢山あります。いつのまにやら鉄道ものが主流に。
  • ⇒【極限の気動車181系 衝撃のターボサウンド】
    さ、さ、最高のキハ181系のHPです。管理人のやくもターボさんによる科学的解説は驚愕の感動をあなたに。私の拙い記録も「SS氏」として採用いただいています。って宣伝です。それにしても、隅から隅まで、掲示板まですごい!!。是非、スピーカもFULLボリュームで!!。わかりますよね!!。
  • 天気は明日も望あり
     鉄道、飛行機、自転車好きの多趣味人。猫専門の本館も。

« 2009年7月 | トップページ

2009年8月

2009年8月15日 (土)

1971.4.5 足尾線草木~沢入 C12重連貨物レ

田中正造、古河鉱業、足尾鉱毒事件という文字が浮かぶ日本の近代化の矛盾を一身に担ったような足尾線に行ったのは、「鉄道ジャーナル社主催 足尾線撮影会」ででした。当時ジャーナル社にいたカメラマンのAHさん、小学生のちびが付きまとってしまっていたのにやさしくしてして下さってありがとうございました。夜の池袋から、堂々バス2台で繰り込んだ足尾線でした。
それにしても、C12の切れのよいブラスト×2は、大迫力でした。35ミリカメラの方は露出不足で朝の列車は全滅でした。後に草木ダムで水没したこの区間はすごい光景を見せてくれました。C12 最後に寄った桐生支区にいたハンサムなC50の154号機には後年亀山でデフ無しでしたが再開してビックリしました。

2009年8月 9日 (日)

1971.7.18 京王帝都電鉄井の頭線渋谷駅 3000系

19710718 今はビルに覆われた井の頭線。この時期、ステンプラカー3000系は急速に冷房化がされていました。
本線の5000系で様々な冷房方式を試しながらも、この頃の京王帝都は首都圏一の冷房化率を誇っていたのではないでしょうか。
渋谷には、バス、電車どちらでも出られたぼくのうちは、この頃から夏は電車メインとなりました。
考えたら、路線バスで冷房車を意識したことがあるのはこの5年後です。
奈良盆地を走る奈良交通のバスと、京福系の京都バスでした。あとは、西鉄バスでしょうか。いずれにしても暑い場所です。
学生時代は、御池通を90km/hで疾走するエアコン、エアサス付の京バスさんには散々お世話になりました。
バックに見えるのは、営団地下鉄銀座線の渋谷車庫です。アドバルーンも揚がっていい感じです。ホーム上の灰皿も懐かしい光景です。渋谷車庫の高架と出発信号機の間の真新しい道路は、玉電の線路跡です。
小さい頃は、井の頭線の電車を待っていると、玉電が行き来していて、30形や40形が来るとがっかり。デハ200形のぺこチャンが来たらその日はご機嫌でした。
冷房装置は、様々な会社の試行錯誤のなかでの、トレーラーは集約分散方式、電動車は集中方式、が標準となったかに見えましたが、現在では、大手の通勤車は集中方式となったようです。

« 2009年7月 | トップページ